あしおと。

漫画とアニメと妄想と。

またも今更なんですが。
炎上編の最終話だけ読んでいなくて、さっきやっと読めたので。
でも炎上編はとにかく銀ちゃんがすごくて言葉が出ない。
なんと言っていいのかもう。
単行本でじっくり読んで改めて感想は書こうかなと思ってます。

ただひとつ。
護るべきものが何もないからこその強さと
護りたいものがあるからこその強さ。

どちらが強いんだろう。
そんなことを思いました。

神威と銀時。

護るものがない人は強い。なんでもできるから。
とらわれるものがないから。縛り付けるものがないから。
なんだってできる。

護りながらの闘いはその分不利。
護りたいものは足枷となり、その想いが意識を鈍らせる。
だけど、人は護るべきものがあるときにこそ強くなる生き物でもあります。

打ちのめされて、ぼろぼろになって、もうだめだという最後。
その最後に立ち上がるのは、立ち上がらせるのは、
護りたい、という想いなんじゃないかな。

そう思っています。
だから一度折れた銀ちゃんも
護るべきもの、護りたいもののために立ち上がったんだよね。

神威が最後に銀ちゃんを指して
「脆弱なのに、ああいう強さもあるのか」というような事を言いますが
本当にその通りだと。何度思ったことか。
銀ちゃんは弱い。
だけど、弱いからこそ強い。



銀ちゃんは闘うことは嫌いだと思うんです。
闘うたびに過去にひきずられる。
紅桜の時は完全にひきずられていましたよね。
だけど今回。
あれだけ壮絶な闘いをしながらも、
本能に身を任せるという場面が少なかった気がします。
それでも一度過去に堕ちてしまったけど。
そこから抜け出せたのはやはり護るべきものだと思います。
護れなかったものが銀ちゃんを傷つけ、弱くし、
護りたいものが銀ちゃんを立ち上がらせ、強くする。
護りたかったものが過去に足を縛りつけ、動けなくし、
護りたいものが呪縛を解き放ち、背中を押す。
護りたい想いが銀ちゃんを臆病にし、そして同じ護りたい想いが銀ちゃんを強くする。
その二律背反に苦しみながら、闘うことを余儀なくされる。
そうしてこれまでは闘うたび、白夜叉のときと同じ道を歩んでいたけど
少しずつ少しずつ、違う道を歩き始めているんじゃないかと感じました。
相変わらず、闘うことは嫌いだと思う。だけど良かったと思いました。
今はまだ、一歩分しか道がずれていなくても。
いつか囚われなくなる日が訪れるといい。












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